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写真はルビーの結晶。ルビーはコランダム(酸化アルミニウムAl₂O₃)のうち不純物としてクロム(Cr)を含むもの。コランダムはモース硬度9と、ダイアモンドの次に硬い。酸化アルミニウム製のサファイアガラスは腕時計の風防にも使われる。
ルビーはその硬さと低摩擦から機械式腕時計のムーブメントでよく使われる。「〜JEWELS」「〜石」とはムーブメントに使われるルビーの数を示している。
写真のルビーも管理人のコレクション。余談だがルビーには蛍光があり、ブラックライトを当てると赤く光る。サファイアは光らない。


○目次○
1 中心理論・セントラルドグマ
2 輪列機構
3 調速機構
4 巻き上げ機構
5 機械式時計の小宇宙(まとめ)



1 中心理論・セントラルドグマ

機械式時計はゼンマイが解ける力によって作動します。

この力によって歯車が回り、針が回ります。

秒針が1分で1周する速さで歯車が回転するよう、調速機構で調整します。

※調速機構(テンプとアンクル、ガンギ車)
テンプのヒゲゼンマイが規則的に伸び縮みする事を利用する。アンクルとガンギ車でテンプの往復運動を回転運動に変換する。

秒針が60回転したら分針が1回転、分針が12回転したら時針が1回転するように歯車が組み合わされています。

2 輪列機構

 ここではムーブメントの歯車がどの様な仕組みになっているかを見ていきます。複数の歯車の集まりを輪列と言います。

 歯車の原則を確認します。
 歯車の役割は、
・回転を伝えること
・回転の速さを変えること

 です。
 回転を伝えること、というのは分かりやすいでしょうか。歯が噛み合うことで隣同士の歯車に力を加えるため、回転が伝わります。
 回転の速さを変える、というのは歯車の1周あたりの歯の数を隣同士で変えることで可能となります。

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 歯の数が少ない歯車aが1回転しても、歯車aと接続する、歯の数が多い歯車bは1回転しません。例えば歯車aの歯の数が10、歯車bの歯の数が40だったら(a:b=1:4)歯車aが1回転したら歯車bは4分の1回転します。これで回転速度を減速する事ができます。
 これに対して歯車bが1回転すると歯車aは4回転します。これで回転速度を加速する事ができます。
 この事を利用して、秒針が60回転したら分針が1回転、分針が12回転したら時針が1回転するようにする事ができます。
 しかし、単純に歯車を組み合わせると、秒針の歯車cと分針の歯車dと時針の歯車eの歯の数の比はc:d:e=1:60:720となります。より確実に、滑らかに力を伝達する為には歯車の歯の数を多くする事が必要なため、歯車cの歯の数が10の場合、dは600、eは7200となり、小さな歯車にそれだけの数の歯を作ることは大変難しいため実現できません。
 そこで、歯車の軸にもう一つ歯の数が異なる歯車をつけます。(下図)

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この様な歯車を使えば現実的な歯の数になります。


 そして時計の輪列を組み立てると下図のようになります。秒針は4番車の軸に取り付けられ、分針は2番車、時針は1番車の回転で動作します。
4番→2番の減速比は1:(60分の1)と大きいため、3番車を挟んで段階的に減速します。

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 しかし、上の図の様に1番車、2番車、4番車の軸は離れており、それぞれの軸に針を取り付けると非常に見にくい時計になりますね。そこで下図の様に筒車、筒カナ車を使えば同軸に秒針、分針、時針を取り付ける事ができます。
 ※「カナ」とは歯車の軸のこと。

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3 調速機構

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調速機構を構成するテンプ・アンクル・ガンギ車の各部の名称


 渦巻き状のヒゲゼンマイが広がったり、閉じたりすることでテンプは往復運動をします。テンプの往復運動をアンクルとガンギ車で回転運動に変換します。
 機械式ムーブメントの「振動数」はテンプの振動数を意味します。振動数が6/秒(21600bph)の場合テンプは1秒で6回振動し、秒針は6分の1目盛りずつ動きます。クオーツ式の記事〈➣リンク〉でも述べたように、理論的には高振動数のものほど精度が安定します。実際には色んな要因がありますので一概には言えません。詳しくは理論編〈➣リンク〉を御一読下さい・・・
 
 テンプとアンクル、ガンギ車の動きは下図の様になっています。

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簡略図なので部品の形は実際のものとは少し違います。


 ヒゲゼンマイを張る力を調整することでヒゲゼンマイの伸縮運動を調整することができます。ヒゲ持ちとタイコ持ちの間隔を緩急針を動かす事で調整します。

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+の方に緩急針を動かすと時計は進みがちに、-の方に動かすと遅れがちになります。



4 巻き上げ機構

 機械式ムーブメントの動力源となるゼンマイは香箱車に収められており、香箱車の軸と共に回転する角穴車が丸穴車の回転によって回転するとゼンマイが巻き上げられます。
 丸穴車の役割は巻き上げの動力の強い力を弱め(減速させて)、機械に負荷をかけないようにする事です。
 この巻き上げの方法は
・手巻き
・自動巻き
の2通りがあります。
 手巻きの場合、リュウズを回すことでゼンマイを巻き上げます。リュウズと共にツツミ車が回転し、ツツミ車が丸穴車を回転させます。
 自動巻きの場合、時計の姿勢の変化に伴って回転する重り(ローター)が回転することで丸穴車を回転させます。
 時計を腕に着けて生活していれば、腕の動きに伴ってローターが回るので、「自動で」巻き上がるというわけです。
 しかし、ゼンマイを巻き上げる回転方向は片方のみなので、順方向にローターが回転すれば良いのですが、逆方向に回転すれば無駄になってしまいます。そのままだと効率が悪いのでローターがどちらに回転してもゼンマイを巻き上げられるようにするとより実用的になります。
 代表的な自動巻き機構は両方向巻き上げになっています。代表的な2つの自動巻き機構の仕組みを見ていきましょう。

○切替え車(リバーサー)方式の仕組み○

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 リバーサー方式は片方向のみに回転する歯車、切り替え車(リバーサー)を2つ使ってローターの回転を1方向に変換します。
 この方式の利点は、簡潔な機構で効率よく巻き上げる事ができる点です。現在の自動巻きムーブメントの多くにリバーサー方式が採用されています。ロレックス、ETA、グランドセイコーの現行9Sなどが採用しています。

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切替車の構造。
サメの歯状の軸歯車と内部に爪の付いた外周部分からなる。


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この様にローターがどちらに回転しても丸穴伝達車は決まった方向に回る。


○マジックレバー方式の仕組み○

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 マジックレバーはセイコーの特許で、独自の機構です。古くは同様の方式がスイス製のムーブメントにもある程度見られましたが、今では皆リバーサー方式です。
 マジックレバーが往復運動をして、サメの歯状の丸穴車をマジックレバーの爪が引っ掻き、回転させてゼンマイを巻き上げます。ローターがどちらに回転しても、マジックレバーの往復運動に変換されるため両方向巻き上げができます。
 この方式の利点は動作の確実性です。マジックレバーががっしりと丸穴車を掴むので、確実に巻き上げできます。切替車方式の場合、高速に回転すると切替車が空転してしまうこともあるため、マジックレバー方式の方が確実です。
 セイコーの伝統で、昔からずっと採用されています。ただし現行の9Sはリバーサー方式に変更しています。(9S85、9S65など)

図1
この様になっています。《2019/01/14図を差し替え》


5 機械式時計の小宇宙

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一般的な自動巻きムーブメントの構造図


 上図のように、機械式ムーブメントは多次元を表現するような構造になっています。昔のエチオピア人が考えた宇宙のように階層に分かれているようです。
 小さな部品達が集まって正確に時を刻む姿は確かに神秘的で、機械式時計はよく小宇宙に例えられます。

 下図は各部の名称のまとめです。

Mechanical structure 2


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 補足的に、
・筒車の回転とリンクし、筒車2回転で1回転するカレンダー送りの爪がカレンダーディスクを1日分動かします。
・リュウズと共に回転するツツミ車が手巻き機構、カレンダー早送り、時分針送りを動かします。

 機械式ムーブメントの製造、分解、組み立ては高い技術を必要とします。正確に時を刻む為にはあらゆる部品が正確に作られ、組み立てられなければなりません。しかし、部品はとても小さく精密なため、少しの誤差が大きな機能支障を引き起こします。製造の機械化、自動化で精度を上げることもできますが、やはり機械をも凌ぐ職人の手で調整され、組み立てられなければならないのです。
 製造や整備に携わった多くの職人や、技術に思いを馳せる、ということができるのが機械式時計の最大の魅力ではないでしょうか。

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➣機械式腕時計の仕組み・理論編 ※旧記事
➣すぐに分かる、クオーツ式時計の仕組み
➣腕時計の磁気帯びとは【大図解】
改訂版アップ:2017/03/04
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