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写真はルビーの結晶。ルビーはコランダム(酸化アルミニウムAl₂O₃)のうち不純物としてクロム(Cr)を含むもの。コランダムはモース硬度9と、ダイアモンドの次に硬い。酸化アルミニウム製のサファイアガラスは腕時計の風防にも使われる。
ルビーはその硬さと低摩擦から機械式腕時計のムーブメントでよく使われる。「〜JEWELS」「〜石」とはムーブメントに使われるルビーの数を示している。
写真のルビーも管理人のコレクション。余談だがルビーには蛍光があり、ブラックライトを当てると赤く光る。サファイアは光らない。

※この記事は「すぐに分かる、機械式腕時計の仕組み」旧記事移植版です。現行の改訂版記事はこちら↓
➣すぐに分かる、機械式腕時計の仕組み・機構編


【機械式腕時計の仕組み・調速機構とは】
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 例によって手書きのイラストですが、上の図が機械式ムーブメントの基本的な構造です。
 香箱車には丸く巻かれた金属板、つまりゼンマイが収められています。リュウズ(手巻き)、回転オモリ(自動巻き)の動作によって香箱車が回転、ゼンマイが巻き上げられます。巻き上げられたゼンマイが解ける力で香箱車が回り、ムーブメントの輪列(歯車達)に回転(トルク)を与えます。これによって機械式ムーブメントは作動します。

 しかし、それだけでは時計になりません。これだけではただのチョロQです。そこで、輪列の終端部に「調速機構」を設けています。
 回転する秒針の歯車にガンギ車を組み合わせ、ガンギ車の歯に噛み合うアンクルがブレーキをかけます。アンクルはガンギ車からもらったトルクで動き、テンプのヒゲゼンマイを伸縮させます。トルクのかかったガンギ車の歯からアンクルの爪が外れてガンギ車が少し回り、ガンギ車の次の歯がヒゲゼンマイの反発で戻されたアンクルに噛み合います。これの繰り返しです。
 そのままではトルクが強すぎ、秒針の回転が猛烈に速くなる(チョロQ状態)ので、ヒゲゼンマイの反発力によってトルクを打ち消しているのです。物理ですねぇ。理系ならたまらないです。
 そしてヒゲゼンマイの伸縮が規則的に行われることで規則的なアンクルの動きとなり、規則的にガンギ車が回り、秒針が規則的に動く、という訳です。アンクルとテンプの動きを下の図で示します。

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 調速機構はこの様な動きをしています。上の図は相当簡略化していますので、実際の部品の形とはちょっと違います。

 こう文字で列挙しても分かりにくいだけですので簡単に言うと、
香箱車のゼンマイが解ける力そのままの回転では回転が速すぎるので、規則的に伸縮するヒゲゼンマイの反発力でブレーキをかけている、
ということです。
 ブレーキが正確に働くことで歯車の回転も正確になり、精度のある時計として機能します。文字では分かりにくいのですが、実際にテンプの動きを見るとすぐに分かります。

 ちなみに上の図のピンク色の部分(アンクル爪石やアンクル振石など)やテンプの軸受け、各歯車の軸受けには耐久性や摩擦減少の目的でルビーが使われています。「使用石数が多いと精度が良くなる」と言うこともありますが、ルビーを多く使うことで輪列やテンプの物理的な抵抗が小さくなるからです。最近はダイアモンドコーティングしたプラスチック製の歯車を使用したり、ルビーの代わりにセラミックスを使うことも見られます。

 抵抗というものは「誤差」です。ムーブメントの設計では、抵抗を無視、またはある一定の抵抗の時に正確に作動するように想定します。抵抗がコロコロ変わる事ひとつひとつを全て考慮することは不可能です。設計やプログラムというものはある一定の条件を策定し、その下で目的を達成する最善の手段を決めることです。大本の条件が設計の内容を完全に決定します。手段の模索は理性によって論理的に行われるからです。時計で言えば、抵抗の変化を完全に知ることはできないので、だいたいの抵抗を条件としておきます。その下で作られた設計はその条件下では完全な精度をもつはずです。しかし、実際には抵抗は変化します。変化が大きければ精度への影響も大きくなる。だから抵抗そのものが極力小さくなるようにルビー軸受けや特殊な歯車を使うのです。
 最近は数学や物理学を活かして、設計で仮定する抵抗値を場合によって変化させる数式(関数)で表したりすることでも精度を上げているでしょう。そうでなければ基本的な機構が確立されているのにより精度の高い新型ムーブメントが出るわけがありません。
 そしてゼンマイの材料の研究、テンプ周りの機構のさらなる合理化といった発展にもつながるのです。

 しかし、どんな高度で緻密なシュミレーションのもとで作られた設計も、結局は机上論です。どんなに優れたメカでも、実際に製品にできなければそれはメカですらありません。設計の高度化に伴い時計職人への要求はより厳しいものになりました。機械式時計はそれを実現する職人の高い技量によって作られている事は数百年前から現在に至るまで変わりありません。それに職人からの設計者へのフィードバックやアドバイスも必要不可欠です。

【精度の要・テンプ】
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 図は精度の要となるテンプの各部です。テンプはヒゲゼンマイとそれを固定し振動するテンワ、天真という軸、でできています。 ヒゲゼンマイの伸縮、つまりテンプの振動が精度に直結します。テンプの振動数は一般的に1秒に6〜10振動です。クオーツ式の記事〈➣リンク〉でも述べたように振動数が大きい方が精度が良くなります。
 テンプの振動が正確であることで機械式ムーブメントは精度のある時計となります。その為これらの部品の製造や調整には高い精度が求められます。テンワは重心が偏らないように、ヒゲゼンマイの間隔は等間隔になるようにしなければならないのです。ヒゲゼンマイの調整は機械式の組み立てで最も難しい工程のひとつとも言われています。
 天真はとても細い軸で、曲がりはもとより非常に折れやすいので、それを受ける軸受けはルビーを組み合わせ、金属板のバネを使った耐震スプリング構造となっています。テンプを固定するブリッジ側にはヒゲゼンマイを固定するヒゲ持ちレバーを動かし、ヒゲゼンマイの伸縮を調節する緩急装置があります。緩急装置を動かして精度の微調整を行ないます。
 
 姿勢によって精度が変化しないようにテンプやガンギ車などの調速機構一式をずっと回転させるトゥールビヨンという仕組みもあります。これは非常な高級品で、一部のスイス製のみで見られましたが、香港で量産されたり、最近は日本でもセイコークレドールが初のトゥールビヨンを発売しました。しかし、精度向上の役に立っているとは私は思いません。あくまで複雑機構を楽しむためのものでしょう。


【自動巻きと手巻き】
 ゼンマイの巻き上げ方式には自動巻きと手巻きがあります。
 自動巻きは回転するオモリが腕の動きによって勝手に回り、ゼンマイを巻き上げます。手巻きはリュウズを回すことでゼンマイを巻き上げます。
 自動巻きは便利ですが、手巻きにもムーブメントを薄型化できる、精度が良くなる等々のメリットがあります。

【機械式ムーブメントの魅力】

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 写真は私の愛用するセイコー5の裏側ですが、ムーブメントが見えるようにスケルトン裏蓋になっています。某国で偽物が出回ったためにムーブメントが見えるようになったということですが、やはりテンプの動きを見ていると感動しますね。ちょっと感謝です。
 小さなケースに収められた精密な機械。厚さ0.02mmのヒゲゼンマイを調節する時計職人の技に思いを馳せる等々、精度ではクオーツには及びもつかないものの機械式には機械式の良さがあります。
 姿勢差と言って、ムーブメントの向きで歯車の噛み具合やテンプの重心の偏りが生じ、微妙な精度の差がでます。これは機械式の特徴で、めんどくさいことではありますが、こういったところにかわいさがある、と思うかも知れません。
 機械式はゼンマイを巻き上げれば動きます。電池切れの心配はありません。そこには信頼性があります。クオーツよりも壊れやすいですが。
 精度も高級品のスイス製はクロノメーター規格、日本のセイコーのグランドセイコーはGS規格と、厳しい規格によって高い精度を持っているものもあります。私のセイコー5は静置でもクロノメーター級、携帯精度ならGSにも匹敵します。使ってみると機械式の精度もなかなかです。
 なお、熱膨張の関係で、温度が上がると時計は遅れ気味、下がると進み気味になります。

 この様に機械式時計には科学がいっぱいに詰まっています。哲学的でもあります。製造過程から地理や現代社会の勉強もできます。しかし何よりも職人の手になる製品としての暖かさを感じるところに機械式の魅力があるのではないでしょうか。

 ※セイコー5のムーブ、7S26は製造が一貫して機械による自動生産です。最後の調整には人の手が入りますが。ETAにも同じことが言えます。人の手になる機械式という魅力は今では一部の高級品にしかありません。「設計するのは人間だ」と言うこともできますが、いずれ設計も機械がやってくれるでしょう。AIは人間の理性の機械化、設計は理性の産物です。
 時代の変化と共に機械式時計も変化しているのです。それが良いか悪いかは別としても。メカ時計は決して時代遅れの代物ではありません。

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➣すぐに分かる、機械式腕時計の仕組み・機構編※新記事改訂版
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一部改訂:2017/02/04
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